鳥 籠 の 唄

 

4<瞼の空>
 
 
 
 
 
 
次の日、青年はいつもと同じように歌っていました。
いつもと同じように、一人で。
 
青年は、澄んだ青い空を見上げていました。
白い小さな鳥が、視界を横切りました。
 
 
 
 
「−今日は、あの子来ないのかい?」
 
広場で店を出している男の人が、青年に尋ねました。
 
 
「そのようですね。」
軽く笑って、青年が答えました。
 
 
「あんたも上手だけど、あの子も上手だったなぁ。また、聞いてみたいよ。」
男の人がそう言うと、青年は微笑みました。
 
 
 
「−私も、そう思います。」
言って、青年は軽く弦を鳴らしました。
 
 
 
 
「−…もう、店を閉めるのですか?」
 
器用に屋根をたたむ男の人に、青年が不思議そうに尋ねました。
 
 
「あぁ、雨が来るからな。」
「雨、ですか。」
言って、青年が空を見上げます。
 
空は、青く澄んでいました。
 
 
「今に一雨くる。あんたも、今日は早めに引き上げた方がいいぞ。」
言って、男の人が広場から去って行きました。
 
 
 
青年は、もう一度空を仰ぎました。
 
空は、キレイに澄んでいました。
 
 
 
 
 
 
 
 
少女は、暗闇にいました。
 
 
一筋の光も漏れないような、真っ暗闇に。
 
そこは暗く、寒い所でした。
 
 
少女は震えながら、辺りを探りました。
指先に当たった感覚に、少女は軽く安堵します。
 
隣の老人からもらった、キレイな肩かけでした。
 
汚れてしまったであろうそれを、少女はぎゅっと掴みました。
 
 
薄いボロボロの布を、少女は肩にかけます。
冷えた身体を、それは暖かく包み込みました。
 
暗闇の中で、少女は小さく体を丸めます。
寒さが少し和らぎました。
 
 
 
小さく、細い声で、少女は歌い始めました。
いつも歌っている、唄を。
 
 
真っ暗なそこでは、外の天気もわかりません。
少女は、キレイな空を思い浮かべながら、歌いました。
 
 
か細い声が、暗闇に響きます。
 
少女の瞼の裏には、青空が広がっていました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「−こんにちは。」
 
唐突な声に、青年は顔を上げました。
そこに立っていたのは、見知った老人でした。
 
 
「こんにちは。今日は、来て頂けないのかと。」
「…お嬢ちゃんがな、出てこないんじゃよ。」
表情を曇らせながら、老人が呟きました。
 
 
「留守、ですか?」
「…。」
青年の言葉に、老人は口ごもります。
 
 
「−…怪我と、何か関係があるのですか?」
 
静かな青年の言葉に、老人は俯きます。
 
 
「…そう、ですか…。」
青年は、静かに呟きました。
 
 
不意に立ち上がった青年を見て、老人は不思議そうな顔を向けました。
 
 
 
「−今夜、この街を発ちます。」
 
静かに笑って、青年が言いました。
 
 
「そう、か…もう、行くのか。」
呟いて、老人が寂しそうに笑います。
 
 
「−…機会があれば、また。」
 
軽く頭を下げて、青年が去って行きました。
老人は、その後ろ姿を静かに見送っていました。
 
 
 
空は、青く澄み渡っていました。
 
 
 
 
 
 
 
 
唐突に、暗闇に響く小さな歌声が途切れました。
 
 
「−…お腹、空いた…。」
 
暗闇に、少女の小さな声が響きます。
 
 
 
不意に、暗闇に光が射しました。
あまりの眩しさに、少女は目を細めます。
 
 
ウェーブのかかった髪が、少女の視界に入りました。
 
恐る恐る、少女はその姿を見上げました。
冷たい瞳が、少女を見下ろしていました。
 
 
 
「…出なさい。早く。」
 
女の人が低く言って、少女は慌ててそこから這い出ました。
パン、とそこの扉が閉められ、少女は女の人を見上げました。
 
酷く、怯えた目をしていました。
 
不意に、女の人が少女の肩に手を置きました。
 
 
 
「−いい子にしてなさいね。」
 
赤い唇の端を上げながら、女の人が言いました。
真っ赤に塗られた長い爪が、少女の白い肌に食い込みます。
 
 
「−…わかったわね?」
 
女の人の手に、力が入ります。
少女は黙ったまま、小さく頷きました。
 
満足そうに女の人が笑って、立ち上がりました。
 
ゆるいウェーブのかかった髪が、風に揺れました。
その後を、少女がついて行きました。
 
 
 
「−行って来ます。」
 
 
優しく笑って、女の人が少女の頭を撫でました。
その仕草に、少女は戸惑っていました。
 
大きな音を立ててドアが閉まりました。
カチャカチャと、鍵の閉まる音がします。
 
 
少女は、その場に座り込みました。
肩を押さえると、薄く手のひらに血が滲みます。
 
 
少女はゆっくりと立ち上がり、部屋へと戻りました。
窓の下に座り、軽く目を閉じます。
 
 
 
少ししてから、小さく唄を口ずさみ始めました。
 
 
いつも歌っている唄ではなく。
吟遊詩人の青年が歌っていた、鳥の唄です。
 
途切れ途切れに、けれどしっかりと、少女は歌っていました。
 
 
不意に聞こえた音に、少女は歌うことを止めました。
 
ポツポツ、と音がします。
 
 
不思議に思い、少女は窓の外を見ました。
小さな雨粒が、遠慮がちに窓ガラスを叩いていました。
 
見上げた空は、灰色の雲に覆われていました。
 
 
それを見上げながら、少女は小さく歌い始めました。
いつも歌っている、唄を。
 
目を閉じると、瞼の裏には青空が見えました。
 
 
 
 
コンコン、という小さな音に、少女は目を開けました。
窓の外には、銀髪の青年が立っていました。
 
少女は、少し驚いた表情で青年を見ました。
 
 
優しく微笑む青年の頬を、雨が滑り落ちていきます。
少女は、急いで窓を開けました。
 
 
 
「−こんにちは、お嬢さん。」
 
ニッコリと、青年が笑います。
少女は、少し戸惑っていました。
 
 
 
「…肩、大丈夫ですか?」
 
唐突に伸びてきた青年の手を遮るかのように、少女が小さな手で肩を押さえました。
青年は、黙ったまま行き場のない手を下ろしました。
 
 
 
「…突然すみません。伝えたいことが、あったもので。」
すまなそうに笑う青年に、少女は軽く首を傾げました。
 
 
「−…今夜、この街を発ちます。もう、次の街へ行かなくてはいけませんので。」
「…。」
青年の言葉に、少女は黙っていました。
黙ったまま、俯きました。
 
 
 
「−…一緒に、行きませんか?」
 
唐突な言葉に、少女は顔を上げました。
驚いた顔をして、青年を見ていました。
 
 
「…あなたさえ、よければですが。」
言って、青年は優しく微笑みます。
それに対して、少女は黙ったまま俯きました。
 
 
 
「−レイン。」
 
 
唐突な言葉に、少女は顔を上げました。
青年は、変わらずに微笑んでいます。
 
 
「私の、名前です。…雨のことです。」
空を指差しながら、青年が笑いました。
 
 
「…お元気で。」
 
軽く笑いながら、青年は立ち去りました。
少女は、何も言うことができませんでした。
 
 
雨は、変わらずに降り続いていました。
 
 
 

 
 

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2005/3/2
 
4話目〜。次で終わります!(宣言しちゃったよ…
新しい登場人物、男の人(笑)
青年の名前出せて満足ですvvなんでか知らないけど、最初からそう決めてました(笑)
少女の名前は次で〜。老人やらお母さんやらは知らないフリで(ぇ
 
なんか場面がころころ変わって申し訳ない(汗
青年側と少女側を語りたいため、どうしてもそうなってしまうのですた…。
えー…、次もきっとそんな感じです(笑)