5<雨と小鳥>
少女は、ぼんやりとしていました。
ぼんやりと、窓から外を眺めていました。
ポツポツと降る雨は、地面を黒く濡らしていきます。
小さく、少女は歌い始めました。
見えるはずのない青空に、想いを馳せて。
不意に聞こえた音に、少女は歌うことをやめました。
音のした方向に目を向けると、そこにはふらつく足取りの女の人がいました。
頬を赤く染め、上機嫌に唄を口ずさんでいます。
酔っているのだと、少女は理解しました。
膝を抱えて、できるだけ小さくなります。
無意味だとは知っていながら、そうするしかありませんでした。
パン、と乾いた音がして、少女の頬に痛みが走りました。
何も言わずに、女の人は少女を叩きました。
相変わらず、鼻歌を歌ったままです。
少女は、黙っていました。
女の人は、理由もなく少女を殴りました。
何も言わないまま、楽しそうに笑っています。
不意に、少女の頭の中に青年の言葉が浮かびました。
「−鳥はね、空を飛べるんですよ。」
「−……ゃ…、」
小さな小さな呟きに、女の人が手を止めました。
少女は、小さな手で小さな頭を抱え込んでいました。
「−…も、ゃだ……め、てよ、ママ…。」
震えた声に、女の人は少女を見下ろしていました。
その顔は、酷く無表情でした。
パン、と乾いた音が部屋に響きました。
少女が、床に倒れ込みます。
「−何言ってるの?」
嘲るように、女の人が呟きました。
「アンタはあたしが産んだんだから、あたしのモノなんだよ。」
言いながら、女の人は少女を蹴りました。
少女が、軽く咳込みます。
「あたしのモノにあたしが何しようが勝手なのよ。」
言いながら、女の人が笑いました。
勝ち誇ったような、楽しそうな笑みで。 少女はうっすらと目を開けて、それを見上げていました。
「−…なんで叩かれてるのか、わかる?」
優しい声で、女の人が少女に尋ねました。
倒れた少女の横にしゃがみ込んで、顔を寄せます。
「ねぇ、わかる?」
笑いながら、女の人が少女に囁きました。
とても、甘い声で。
「−……わたし、が…悪い、子…だか、ら…。」
途切れ途切れに、少女が呟きました。
それを聞いて、女の人が満足そうな笑みを浮かべました。
「そうよ、いい子ねぇ。」
言って、女の人が少女を抱き起こしました。
「ママはね、これからお仕事なの。いい子で、待っていられるわね?」
笑いながら、女の人が少女に言いました。
少女はその笑顔を見ながら、ゆっくりと小さく頷きました。 それを見届けると、女の人は手を離して立ち上がりました。
玄関へと向かう女の人の背中を、少女は黙ったまま見送りました。
ドアの向こうに姿が消えると、少女は咳込みました。
抑えた手のひらに、赤い血が滲みます。
身体中が重く、どこも痛んでいました。
少女はゆっくりと壁に背中をあずけました。
どこかにぶつけたのか、膝から血が滲んでいました。
少女は、それをぼんやりと眺めていました。
瞼が重く、少女は目を閉じました。
雨は、まだ降り続いていました。
呟くように、少女は歌い始めました。
青年が歌っていた、唄を。
大空を羽ばたく、鳥の唄を。
「−……鳥は、空を飛べる…。」
唐突に少女が呟きました。
それは、とても小さな呟きでした。
少女の声が消えた部屋は、静寂に包まれました。
ただ、雨粒の音が少女の耳に届いていました。
外はもう暗く、ぼんやりとした家の明かりが辺りを照らしています。
ゆっくりと、少女は目を開けました。 白い壁を、ぼんやりと見つめます。
鳥は、空を飛べる
ゆっくりと、少女が立ち上がりました。
ゆっくりと、歩き始めます。
玄関には鍵がかけられていて。
小さな少女にはそれを開けることができませんでした。
部屋に戻った少女は、ゆっくりと窓を開けました。
さっきよりも雨は酷く降っていました。
少し躊躇ったあと、少女は窓の淵に足をかけました。
地面はすぐそこでも、小さな少女にはとても高く感じられました。
一瞬だけ躊躇って、少女はそこから飛び降りました。
ばしゃ、と水音がして、少女が雨の中に飛び出しました。
冷たく、雨が少女を打ち付けます。
少女は、走り出しました。
どこに行けばいいのか、そんなことはわかりませんでした。
ただ、街の広場に走りました。
そこに行けば、あの青年に会えると思ったからです。
夜の広場には、人の姿はありませんでした。
ただ、真っ暗な闇が広がっていました。
水たまりを蹴って、少女は走り出しました。
あの、青年の姿をさがして。
やがて少女は、街の外れにつきました。
そこに民家はなく、ただまっすぐな道が広がっていました。
ぺた、と少女がその場に座り込みました。 雨が、少女の身体を濡らしていきます。
真っ暗な世界が、少女を包み込みました。
「―レイン…!」
か細い声で、少女が叫びました。
降りしきる雨の中で、自分に優しく接してくれた青年の名を。
小さな声が、雨に掻き消されていきました。
「―――…呼びましたか?」
不意に聞こえた声に、少女は顔を上げました。
いつの間に近くにきたのか、青年が優しく微笑んでいました。
「見送りに来てくれたのですか?けれど、そんな格好では風邪を引きますよ?」
心配そうに言って、青年がしゃがみ込みました。
「―……って。」
小さな呟きに、青年が首を傾げます。
「―…一緒に、連れてって。」
まっすぐな少女の言葉に、青年が少し驚いたような顔をしました。
「…二度と、戻っては来れませんよ?」
静かな青年の言葉に、少女はゆっくりと頷きました。
まっすぐに、青年の瞳を見据えます。
「二度と、お母さんにも会えないかもしれませんよ?」
青年の言葉に、少女は小さく俯きました。
「―…いい…。ママは…わたしなんて、必要としてない、から…。」
俯いたまま、少女が小さく呟きました。
ぱさ、と軽い音がして、少女の身体に何かがかけられました。
不思議に思って、少女が顔を上げます。
「―行きましょうか、お嬢さん。」
言って、青年がニッコリと微笑みました。 「―…カナリア。」
小さな呟きに、青年が少女を見ました。
「…わたしの、名前。」
小さく呟いて、少女が笑いました。
それに対して、青年がゆっくりと微笑みました。
未だ、雨は降り続いていました。
歩き出した2人に、冷たい雫が容赦なく降り注ぎます。
けれど、歩いて行く先に、青い空は待っています。
2人で空の唄を歌って、青い空の下を歩いて行く。
そんな、旅の始まり。
小さくて汚れた、鳥籠の鳥。 鳥籠から抜け出して、自由に空を飛び回る。
これは、そんな物語の始まり。
2005/4/2
最終話!鳥籠終わりました〜!
や、まぁ終わらせたとも言うがね…(遠い目
いやいや、長かった。結局、暴力的なもの入ってしまった…(汗
最後はね、ちゃんとおじいさんにも挨拶(?)して。
さりげなく2人でお母さんの歌姫姿を覗きに行くはずだったんですがね。
どこにそんなの入れていいのかわかんなくなってやめました(笑)
あと、歌ってる唄公開する予定だったのですが、そんな余裕がなかったです(笑)
最初、題名は「カナリアの唄」だったんですよ、実は。
そのまんまだなー、ってのと、なんとなく閉鎖的なイメージが欲しくて鳥籠になりました(笑)
何はともあれ、ここまで読んでくださってありがとうございました!!
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