鳥 籠 の 唄

 

3<飛べない鳥>
 
 
 
 
 
 
 
その日は、酷い雨でした。
空は、厚い雲に覆われ、蒼さを隠していました。
 
その中で、少女が一人、佇んでいました。
漆黒の髪を雨に濡らし、人通りのない道に立っていました。
 
 
汚れた白い服を身に纏い、ただ雨に打たれていました。
ただまっすぐに、空を見上げていました。
 
そこにあるはずの、青空を探して。
 
 
 
 
「−風邪を引きますよ。」
 
 
唐突な声に驚いて、少女は急いで振り返りました。
そこには、先日会った吟遊詩人の青年が立っていました。
 
 
 
「こんな所で、何をしているんですか?」
言って、青年が優しく笑います。
それに対して、少女は何も答えませんでした。
 
 
「…怪我を、していますね。大丈夫ですか?」
優しく触れる青年の手に戸惑いながら、少女は小さく頷きました。
 
 
 
「…そう、ですか…。」
 
少女の細い腕についた傷を見ながら、青年は呟きました。
 
 
 
 
「−明日、外に出れますか?」
 
 
 
青年の唐突な言葉に、少女は不思議そうな顔をします。
 
 
 
「よければ、一緒に唄いませんか?」
ニッコリと、青年は笑いました。
少女は黙ったまま俯きました。
 
 
 
「−広場にいます。来れたら、来てください。」
 
言って、青年は優しく微笑みます。
少女は、それに何も答えませんでした。
 
 
 
「−本当に、風邪を引きますよ。…早く、帰った方がいい。」
諭すような青年の言葉に、少女は小さく頷きました。
 
 
 
「−気をつけて、小さな歌姫さん。」
 
 
ニッコリと笑って、青年は少女の頭を撫でました。
それから逃げるように、少女は走り出しました。
 
その背中を、青年は見送ります。
パシャパシャと軽い音を立てて、少女は闇の中へと消えました。
 
 
青年はゆっくりと振り返り、同じように闇へと消えて行きました。
 
 
 
 
 
 
家の前まで走ってきて、少女は肩で息をしました。
まだ雨は降り続いていて、小さな少女の身体を容赦なく濡らしていきます。
 
 
冷たい雨の中、少女は手の暖かさを思い出していました。
 
 
 
 
 
 
 
次の日、いつも通りやってきた老人に、少女は前日のことを話していました。
 
吟遊詩人が、広場で歌うこと。
それに、誘われたこと。
 
 
 
「−ほぉ、それはぜひ行った方がいいじゃろう。」
言って、老人が笑います。
 
 
「じゃあ、早速行こうか。」
立ち上がる老人に対して、少女は俯きました。
それを、老人は不思議そうに見つめます。
 
 
「…行かないのかい?」
「…行け、ないよ…。」
「どうしてだい?」
老人の問いに、少女はさらに俯きます。
 
 
「…こんな、格好じゃ、出れないよ。それに…。」
 
お母さんに、怒られる
 
俯きながら、少女が小さく小さく呟きます。
 
 
 
 
「−…じゃあ、お母さんが帰ってくる前に、帰って来ればいい。」
 
言って、老人が笑います。
 
 
「…でも、」
「−ちょっと、待ってなさい。」
少女の声を遮って、老人は立ち上がりました。
少女は黙ったまま、老人が部屋を出て行くのを見ていました。
 
 
 
少女は、窓から空を見上げました。
昨日の雨が嘘のように、晴れ渡っていました。
 
 
すぐにドアの開く音がして、老人が戻ってきました。
手には、何かキレイな布を持っています。
 
 
 
 
「−ほら、これをかけて行くといい。」
言って、老人がそれを少女の肩にかけました。
小さな少女の身体は、すっぽりと隠されてしまいました。
 
 
「ストール、と言ってな。肩かけじゃ。」
少女は、自分の肩にかかる布を不思議そうに見ます。
 
 
「死んだばあさんのなんじゃが…趣味が悪いかのぅ?」
笑いながら言った老人の言葉に、少女は首を振りました。
 
 
 
「すごく、キレイ。」
 
言って、嬉しそうに笑います。
それを見て、老人も嬉しそうに笑いました。
 
 
 
「−行こうか。」
 
老人の言葉に、少女は頷きました。
 
 
 
 
老人に手を引かれ、少女は外に出ました。
不安げな顔で、しっかりと老人の手を掴みます。
 
澄んだ青空の下を、老人と少女は歩いていました。
 
 
歩いて行くと、少し広い場所に出ました。
この街の、広場です。
 
 
色々な人が歩いている中、それはすぐに見つかりました。
 
陽に透ける、キレイな銀髪。
 
 
吟遊詩人の青年は、高く弦を鳴らしていました。
その姿はどこか幻想的で。
少女は、それを黙って見つめていました。
 
 
やがて、青年が老人と少女に気付き、手にしていた楽器を横に置きました。
 
 
 
「−こんにちは。」
 
ニッコリと笑って、青年が言いました。
老人も同じように返し、少女は小さく頭を下げました。
 
 
 
「この子から話を聞いてな、わしもついて来てしまったわい。」
「そうですか、ありがとうございます。」
老人と青年が、笑いながら話しているのを、少女は黙って見ていました。
 
 
 
「−では、まず1曲。」
 
言って、青年が楽器を手にとりました。
 
 
数回弦を鳴らした後、青年は静かに歌い始めました。
低く、キレイな声で。
 
辺りにメロディーが溢れ、道行く人が数人足を止めます。
 
 
少女は、目の前の青年が紡ぐ歌を、黙って聞いていました。
まっすぐな瞳で、青年を見つめます。
 
 
 
やがて唄は終わり、青年はゆっくりと目を開けました。
 
パチパチ、と老人が小さく拍手をします。
少女は、黙ったまま青年を見ていました。
 
そんな少女に、青年は笑いかけます。
 
 
 
 
「−空を羽ばたく、鳥の唄です。」
 
言って、青年は少女の頭を優しく撫でました。
 
 
 
「今日は、逃げないでいてくれるんですね。」
微笑む青年に、少女は少し照れたような表情を浮かべます。
それは、青年が初めて見た、少女の不安げなもの以外の表情でした。
 
 
 
 
「−さぁ、一緒に歌いましょう。小さな歌姫さん。」
 
 
言って、青年は少女に優しく笑いかけます。
少女は、少し戸惑っているようでした。
 
 
 
ゆっくりと、青年は歌い始めました。
いつも少女が歌っているであろう、唄を。
 
 
戸惑う少女に、青年は微笑みます。
優しく、老人が少女の背中を押しました。
 
 
 
戸惑いながら、少女は小さく歌い始めました。
いつもより、小さく、か細い声で。
 
 
青年は少女に優しく優しく微笑みます。
それを見て、少女は少しずつはっきりと歌い始めました。
 
 
 
 
細くキレイな声が、低い旋律に乗って。
キレイなハーモニーが、辺りに響きます。
 
 
老人が、嬉しそうにそれを眺めていました。
 
 
 
 
不意に、少女の唄が途切れ、低く、キレイな声だけが唄を紡ぎます。
まだ、少女が教わっていない部分でした。
それを覚えようとしているのか、少女は青年の声に耳を傾けます。
それを見て青年は微笑み、弦を高く鳴らしました。
 
 
 
唄が終わると、老人が少女の頭を優しく撫でました。
嬉しそうに、少女が笑います。
 
 
 
 
「−上手ですね、本当に。」
青年の言葉に、少し照れながら、けれど嬉しそうに、少女が笑います。
 
 
 
 
「−すまんが、もう帰らなくてはいけないんだ。」
 
老人の言葉に、そうですか、と青年が答えました。
 
 
「また、明日もここにいます。よかったら、来てください。」
ニッコリと、青年は笑いました。
 
 
 
「−また、一緒に歌いましょう。」
 
微笑む青年の言葉に、少女は嬉しそうに頷きました。
 
 
 
 
「−鳥はね、空を飛べるんですよ。」
 
 
笑いながら呟かれた青年の言葉に、少女は軽く首を傾げました。
 
 
 
 
「−また、明日。小さな歌姫さん。」
 
ニッコリと、青年が笑って、少女も小さく笑い返しました。
 
 
 
老人に手を引かれながら、少女は小さく青年を振り返りました。
青年は軽く目を閉じて、弦を高く鳴らしていました。
 
 
見上げた空は、とても澄んでいました。
 
 
 
 
 
 
 
「−それは、お嬢ちゃんにあげよう。」
 
老人の言葉に、少女が驚きます。
 
 
 
「わしが持っていても、しょうがないからね。」
 
お母さんに、見つからないようにね
 
老人が軽く笑いながら言いました。
 
 
 
ありがとう
 
嬉しそうに、少女が笑います。
その頭を、老人が撫でました。
 
 
 
 
また明日、と言って、老人は隣のドアを開けました。
少女も、同じようにドアを開けます。
 
ドアを閉めて、少女は嬉しそうに笑いました。
キレイなストールに、顔をうずめます。
 
 
 
不意に、少女の前に影が落ちました。
途端に、少女の顔から笑顔が消えました。
 
小さく、肩が震えます。
 
 
 
 
おかえり
 
 
 
囁くような甘い声に、少女はゆっくりと顔を上げました。
 
ウェーブのかかった長い髪をかき上げ、女の人が笑っています。
赤い唇の端を、ゆっくりと吊り上げて。
 
 
その瞳に映った少女は、酷く怯えた表情をしていました。
 
 
 
 
 
 
 
 
辺りに、弦の音が響いていました。
青年が、ゆっくりと目を開けます。
 
 
 
「−…飛べない鳥、か…。」
 
 
小さく呟いて、青年が弦を高く鳴らしました。
 
 
 

 
 
 

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2005/2/21
 
3話目です。なんか微妙に長くなってしまいました。
ゆるゆると話が展開しております。亀の歩み並で申し訳ない…。
もしかしてあと1話か2話で終わるかも。予定は未定(笑)
 
思いっきりお母さんに見つかってるよ(笑)
ストールの行方も不憫(ぇ
どうでもいいけど、おじいさんの言葉遣いがとても謎(笑)