大切なヒト
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「―…朱?」
唐突に名前を呼ばれて、少し驚きながら振り返る。
「ごめん、慧。起こした?」 「ん〜…どっか行くの…?」 「あ、うん。夕方には戻るから。」 「行ってらっしゃ〜い…。」 まだ寝ぼけている声で、慧が言う。
今は朝の10時。 昨日遅くまで仕事だった慧にはツライ時間かも。
「―朱さん、おはようございます。」 「昂さん、おはようございます。」
外に出たところで、ちょうど昂さんと会った。
昂さんはNo2で、組織の最年長の23歳。
なのにすごく謙虚な人で、みんなに敬語を使うすごく礼儀正しい人。 「朝早くから、おでかけですか?」 「あ、ハイ。夕方には帰ってきますけど。」 「そうですか。お気をつけて。」 言って、昂さんがふわりと優しく微笑む。
行ってきます、と言って、少し冷えた空気の中、雑踏へと足を踏み入れた。 「―昂、おはよう。」 「おはようございます、紋さん。」 唐突な声に、ニッコリと笑いかける。
「朱、出かけたの?」 「はい、夕方には戻るそうですよ。」 「…そっか、今日は13日だもんね…。」 「…あれから、もう半年もたつんですね。」 どこか遠くを見ながら、呟いた。
近くのスーパーに入って、必要なモノを買い揃える。
いつものように、カスミ草も数本忘れずに。 その後いつものようにバスに乗って、1時間程で目的地に着いた。
今日の目的地は、海の見える場所にある墓地。 アイツの―紗紀の墓参りだ。 紗紀と出逢ったのは、10歳の時。 両親が死んで預けられた施設に、アイツは居た。
同じ10歳のクセに妙にしっかりしていて、みんなの人気者だった。 この髪を見て「化け物」じゃなく「キレイな色」って言ってくれたのは、紗紀が初めてだった。 「―ねぇ、朱ー…。」 「んー?」 「あのね…あたしの引き取り先決まったんだって…。」 小さく、紗紀が呟く。
それは、紗紀と会ってから4年目の冬のコトだった。 「マジ?よかったじゃん…って、なんでそんな顔してんだよ。」 紗紀は、どこか浮かない顔をしていた。 「だって…みんなと、朱と離れるの寂しいんだもん…。」 「…んな泣きそーな顔すんなよ。」 軽く頭を小突く。 「…別に一生会えないわけじゃないんだし。会おうと思えばいつだって会えるよ。」 「…そうだね。アリガト、朱。あたし頑張るよ!」 そう言って、紗紀は笑顔を見せる。 「…朱の引き取り先も早く決まるといいね。」 「…。」 「…朱?」 「決まらねーだろうな。」 軽く、ため息をつきながら呟く。
「どうして?」 「だってそうだろ?誰が好き好んで俺みたいな化け物引き取るんだよ。」 「朱は、化け物なんかじゃないよ。」 「いーよ別に。」 「何がよ!全っ然よくないよ!!」 小さく、叫ぶようにして紗紀が言う。
「…なんで、紗紀が怒んだよ。」 「え…なんでだろ…?」 「…変なヤツ。」 言って、軽く笑う。
こんな会話は、たまにする。 俺が自分を化け物扱いしたら、紗紀は絶対に否定する。
それがわかってて俺はわざと言う。 俺を「朱」という人間として認めてくれてるような気がして。
紗紀が施設を去る日に、俺たちはある約束をした。
それは「毎月13日に2人で会う」というもの。 紗紀曰く、「不吉な日を幸せにするため」らしい。 アイツらしいと言うか何と言うか。 そしてそれから3年間、毎月13日は2人で会うようになった。 そう、あの日までは。 あの日は、少し雨が降っていた。
「―じゃあ、また来月にね!」 「じゃあな。」 いつもの通りの会話。 次回の約束をして笑顔で別れる。
それが暗黙のルールだった。
まだそんなに遅くない時間で、人気も多かった。 けれど、声を聞いて駆けつけた時には、もう遅かった。 それは、ちょうど紗紀が撃たれて倒れたトコロだった。 まるで、ドラマのワンシーンのようで。 けれど、紛れもない現実だった。
ただ呆然とそれを見ていた俺に気づき、紗紀を撃ったヤツは俺に銃口を向けた。 雨のせいか、フードを被っていて。
だけど、男だとは、わかった。
とっさに、どうしてかわからないけれど、ポケットからナイフを出していた。 それなのに頭はどこか冷静で。 ナイフなんか出してもどうしようもないと、考えていた気がする。
その男は、銃を構えながら俺に近づいてきた。 俺は、ただまっすぐにナイフを持っていた。
何の躊躇いもなく近づいてくる男が、恐かった。
目の前に、黒い塊が突きつけられたと思った次の瞬間。 男は、俺の横を通り過ぎて行った。
すぐに振り返ったけれど、すでに男の姿は消えていた。 いつのまにか日の落ちた、暗闇へ。
硝煙の臭いとタバコの煙、微かに甘い匂いを残して。 あれから半年、毎月13日にはこうして墓参りに来ている。
約束を、守るため。
それまでと、何も変わらずに。
ただ1つ変わったのは、アイツがいないというコトだけ。
「―紗紀、俺は生きてていいのかな…?」
誰も答える人がいないのをわかっていて、呟く。
あれから、何度も考えたコトだ。
あの時、紗紀を殺したヤツと、同じコトをしている自分。
それが、時々すごく嫌になる。
「―…じゃあ、また来月に。」
静かに呟いて、立ち上がる。
いつまでも、過去にはこだわっていられない。
きっと、俺はもうこの道でしか生きてはいけないから。 朱が立ち去ったのを見て、一人の男が現れた。
「―…久しぶり、紗紀。なかなか来れなくて、ごめんな。」
買ってきた花を供えて、慧が呟いた。
小さく小さく、風に消えてしまいそうな声で。
「―…お帰りなさい朱さん。」
「あ、ただいまです、昂さん。」 帰ったらちょうど昂さんがいて。 少しそこで立ち話をしていた。
「−…朱さん。」 少し深刻そうな声で、昂さんが呟く。
「ハイ?」
不思議に思いながら、首を傾げた。
「無理は、禁物ですよ?」 「え?」 「…やめたくなったら、いつでもやめていいんですよ。」 唐突な言葉。
小さく、昂さんが微笑む。
「…朱さんにとって、辛いのならその方が…。」 少し困ったように、昂さんが笑う。
「…ありがとうございます。でも…大丈夫です。」 言って、昂さんに笑いかける。 「実際ココ入ってから得たモノって大きいし。…やめたいとは、思ってないですから。」
まっすぐに、目を見て言う。
「…そう、ですか。」
小さく呟いて、昂さんが小さく笑った。
「…あ、じゃあ俺もう帰りますね。慧待ってるだろうし。」
「そうですね。引き止めてしまってすみません。おやすみなさい。」 「おやすみなさい。」 ニッコリと笑って、返しながら、その場を立ち去った。
やめたいかと聞かれたら、やめたいかもしれない。 だけど、やめたくないと思う自分もいる。
「―ただいまー。」 玄関から声をかけると、おかえりー、と声が返ってくる。
「遅かったなー。もう10時じゃん。」 「あ〜…なんか、色々やってたから。」 言って、軽く笑う。
実際、あの後どこにも寄らなければかなり早く帰ってこれた。 それが、帰りに久しぶりに施設に寄ってみたら、小さい子どもに捕まってしまって。
その上夕飯までご馳走になっちゃって、こんな時間になってしまった。 「慧は、何してた?」 「ん〜、俺はちょっと凛のトコ遊びに行ってた。」 「へー。すっかり仲良し?」 言って、クスクスと笑う。
「う〜ん…それはー、どうだろなー。」 言いながら、慧もクスクスと笑う。 その時、唐突に理解した。 なぜ、慧とすぐに打ち解けられたか。
慧は、紗紀と少し似ているのだ。 顔とかじゃなくて、なんていうか、タイプが。
「―朱?」 唐突な声で、現実に引き戻される。
「あ、ごめん、何?」 「人の話聞いてろよー。」 「ごめんごめん。ぼーっとしてた。」 軽く笑いながら言う。
「−あれ、これどうしたの?」
不意に、慧のベッドの横に、タバコが置かれているのこと気づいた。 見たことはないパッケージのタバコ。
「あぁ、凛がくれたんだ。」 タバコの箱を持ち上げながら、慧が言う。 「朱がダメだから禁煙してたんだけど、凛が朱が気にするから隠れて吸っとけってさ。」 「あー…凛さんから聞いた?」 「うん。ごめんな、なんか気にさせてたみたいで。」
すまなそうに慧が小さく笑う。
「や、どっちかっていうと俺の方がごめんって感じなんだけど。別に普通に吸ってていいよ。」 「いやいや、朱ちゃんに倒れられたら困りますカラ。」 「…ハイ、ごめんなさい。」 言うと、慧がクスクスと笑う。
ココロの中で、やっぱり慧は紗紀に似ていると思った。
でも、誰も紗紀の代わりにはなれない。 もちろん慧の代わりも、いない。
紗紀は紗紀、慧は慧。 どちらも、大切なヒト。
紗紀の話をちらりと書いてみましたー。 なんだか慧と凛が仲良しになった雰囲気?(笑)その話もその内載せますー。 なんかまた「慧は何者!?」になっちゃいましたねぇ(汗 なんで墓参りに行ったんでしょ? @朱が何処に行くのか知りたくて尾けて来たから(あ、でも久しぶり言ってるから違うか/笑 …さぁ、どれでしょう!!(笑)この中に正解はあるのかないのか!?(笑) |