まりとわり



  何がしたかったのかなんて、よくわからない。
  どうしたらよかったのかなんて、わからない。

  ただ、罪は消えない





生温い、水の中にいるような感覚。
頭がぼんやりとしていて、身体が酷く重い。

もしかしたら、自分はもう死んでいるのかもしれない。

なんて、都合のいいことを思った。




「―…起きた?」


ゆっくりと目を開けた先に、誰かの顔があった。
悪戯っぽい、子どもの笑顔。


「よかった、全然起きないからどうしようかと思っちゃった。」
「…ここは?」
言いながら軽く身体を起こす。
途端、鈍い痛みが走った。

「あ、動かない方がいいよ。傷、塞がってないから。」
その言葉に、ゆっくりと視線を落とし、痛む傷を見下ろす。
乱雑に巻かれた包帯に、赤い色が滲んでいた。

「ごめんね、手当の仕方とかよくわからなくてさ。」
目の前で、クスクスと少年が笑う。


「…あな、たは…?」
「僕?僕は紋だよ。綺羅 紋人 (  きら あやと ) 、10歳。」
その台詞に、思わず言葉に詰まった。
10歳にしては、とても落ち着いた雰囲気を持っていたから。

「ね、大丈夫?」

けれど、そう言って笑った顔は確かに子どものもので。
なぜか、少しだけ安堵した。



「―…どうして、助けたのですか?」

呟きながら、軽く俯く。
手のひらの赤は、キレイに落ちていた。


「…死にたかった?」

静かな問いに、何も答えなかった。
雨で濡れたままの髪から、ポタ、と滴が落ちた。
 


「―殺してあげようか?」



唐突な言葉に、顔を上げる。

いつの間にか、目の前には銀色に光るものがあって。
その先にある子どもの顔は、楽しそうに笑っていた。


「―…殺して、くれるのですか?」

自然と口から零れた言葉に、何の反応もなかった。
無感情な瞳が、ただ黙って見下ろしていた。

 

「―っ」


不意に、鋭い痛みが走った。
見下ろすと、小さな手が傷の上で赤く染まっていた。
 


「―つまんないね、君。」

吐き捨てるように呟いて、ナイフが視界から消えた。

つまらなそうな表情で、少年が軽く指先を舐める。
その動作に、小さく寒気がした。



「―ね、何か面白い話してよ。そのケガのことととかさ。」
クスクスと、少年が笑う。

「…別に、面白いようなことではありませんよ。」
「それは僕が判断することでしょ。」
当たり前のことのように、少年が笑う。

心のどこかで、たかが10歳だと思っていた。
だけど、その瞳は大人よりもずっと強いもので。
ずっと、強い意思を持っていた。


「…言い忘れていました。坂下 ( すばる ) 、13です。」
「13?!もっと上だと思ってた。中学生じゃん。」
「あなたこそ、小学生には見えませんよ。」
言って、軽く笑う。



「―…これは…父に、刺されたものです。」
「うわ、ヘビーな話。何かやったの?それとも気が狂ってた?」
楽しそうに笑って、少年が言う。

「いえ、あの人はまともでしたよ。とても、厳しい人でした。」
「ふーん、じゃあ原因は君?」
少年の問いに、躊躇いながら小さく頷く。
 



「―……一度だけ、母親と関係を持ちました。」
「…。」
「…それを父に知られて…それだけの、つまらない話です。」
言って、小さく笑う。
本当に、笑えているのかはわからないけれど。


 

「―…それだけ?」
「え…?」
唐突な問いに、思わず聞き返す。
少年は、まっすぐにこっちを見ていた。


「…血、がさ、ケガだけでついたものだけじゃなかったから。」
「血、ですか…。」
言いながら、軽く俯く。
そんなことが、わかるものなのだろうか。




「―…母を、殺しました。」

小さく呟いて俯く。
じんわりと、傷が痛んだ。


「…ずっと、気に病んでいて…精神が、壊れていました…。」

あの人は、なんて弱く脆い人だったのだろう。

寂しさを紛らわすために求めて。
それ故に、壊れてしまう。

なんて、弱く儚い人間だったのだろう。


 

「―…飛べない鳥は、かわいそうだから殺してあげるタイプ?」

「…は?」
「ううん、気にしないで。それで?」
ニッコリと笑う少年の言葉に、軽く首を傾げる。



「―刺したのは、お母さん?」
少年の言葉に、黙ったまま俯いた。
見下ろした手は白く。けれど、赤く見えた。


「…いえ…首を、締めました。」
言って、強く手を握る。
手に残る柔らかい感覚を、消してしまいたくて。


「なるほどね。それをお父さんに見つかって、刺されちゃったんだ。」
「…そう、ですね。」
「で、そのままお父さんを刺しちゃったわけか。」
笑いながら吐かれた言葉に、声に詰まった。
なんでもないことのように話す少年が、少しだけ恐かった。


「なーるほどね、納得。なんて言うか、重いね。」
クスクスと笑う少年の言葉に、軽く苦笑する。


「んーと、なんだっけそーゆうの…エディプス?」
「よく知ってますね。」
言うと、少年が少し嬉しそうに笑った。


「自分も、死のうと思った?」
「…そうですね。あのまま、死んでしまおうと思いました。」
「あはは、僕助けちゃったね。」
言って、少年が楽しそうに笑う。



「―…なんで助けたのか、聞いたよね。」
少年の言葉に、軽く頷く。
 

 

「―泣いてる、みたいだったから。」

 

呟かれた言葉に、軽く首を傾げる。
それを見た少年が、軽く笑った。

「雨、降ってたでしょ。」
「あぁ、そういうことですか。」
言って、軽く笑いかける。



「…ねぇ、まだ死にたい?」
「…そうですね…生きていても仕方ないですし。」
軽く笑いながら、俯く。
白い布が、赤く染まっていた。



「―じゃあさ、君、僕のモノになってよ。」

唐突な言葉に、すぐに反応できなかった。


「…それ、は…どのような意味ですか?」
意味を考えながら、少しずつ言葉を発する。

「そのままだよ。死ぬよりは有効に使えると思わない?」
クスクスと、少年が笑う。


「…あなたは、何者なのですか…?」
その問いに、少年は一瞬の間を置いて答えた。


 

「―殺し屋。」


笑いながら、吐かれた言葉。
その、大人びた、どこか妖艶な笑顔を見ながら、ぼんやりと考えた。

あぁ、だからこの少年は、命が「モノ」だということを知っているのだ。


 
 

その時、不意にドアの開く音がして。
見ると、そこには高校生ぐらいの制服姿の男が1人立っていた。

その髪は、白に近いほどの銀髪で。
うすく、赤い瞳が覗いていた。



「―お帰りなさい、( みこと ) さん。」

少年が嬉しそうに言って、その男のもとへ駆け寄る。


「ただいま、紋。いー子にしてたか?」
命と呼ばれた男が笑って返して、少年の頭を軽く撫でる。



「―で、どちらさん?」
不意に目が合って、一瞬戸惑った。
圧倒的な強さを持った瞳から、目が逸らせなかった。

「えっとね、すばる?君。死にかけてたのを僕が拾ってきたの。」
「拾ってきたっておまえ…犬猫じゃねぇんだから。」
笑いながら言う少年に対して、男が軽くため息をつく。

「何さー、命さんだって僕のこと拾ってきたじゃん。」
「それはそれ、これはこれー。」
「ずるーい。」
意地悪そうに笑う男に、少年が不満げに言う。

「何、おまえが運んだー…わけねぇよな。」
「うん、拓ちゃんに頼んだの。」
「…おまえなぁ、あんま拓使うなよ。俺が文句言われんだぞ。」
クスクスと笑う少年に、男が呆れた顔で呟く。



「―で?どうすんだ?」
「んー、今返事待ちー。ね。」
唐突に少年に笑いかけられて、反射的に微笑み返す。

「何の返事?」
「あのね、死んじゃうくらいなら、僕のモノになって、って言ったの。」
当たり前のように答える少年に、男が苦笑する。

「…おまえなぁ、簡単にそーゆうこと言ってんなよ。」
ため息言って、男が軽く少年の頭を小突く。

 


「―悪ィな、コイツが変なこと言っちまって。」
「あ、いえ…。」
軽く笑って呟くと、男も軽く笑った。


「ま、どうしたいかは、好きにしていーぜ。」
言いながら、男が慣れた手つきでタバコに火を点ける。



「―今なら、まだ引き返せっから。」


笑いながら言って、煙を吐く。
その言葉に、軽く俯いた。



生きるか死ぬか、自分は一体どうしたいのだろう。

だけど、ただ一つだけ、分かりきっていることがあった。
 



「―…引き返す所なんて、もうありません。」
 

はっきりと呟いた言葉に、少しの沈黙が流れて。
少年が嬉しそうに笑って、男が楽しそうに笑っていた。



「―…お、命帰って来てんじゃん。」

不意にした声に、ドアの方を見る。
いつの間にか、そこには背の高い茶髪の男が立っていた。

 


「―拓ちゃん、お帰り。」
少年が、男に笑いかける。


「おー、ただいまーって、そっちも起きたか。」
人懐っこそうな笑顔で話しかけられて、軽くそれに会釈する。
会話の流れからして、自分をここまで運んでくれたのはこの人らしい。


「おー、拓。悪かったな、面倒かけて。」
「ほんとにそう思ってんのかよ、おめーは。」
笑いながら言って、拓と呼ばれた男が袋を床に置く。


「おい、ちょっとおまえー…えーと、名前は?」
「あ、坂下 昴です。」
「スバルな。なんかジジくさい名前だな。」
「おまえ初対面の人間に何言ってんだよ。」
「そうだよ拓ちゃん、ひどーい。」
2人に言われて、男がバツの悪そうな顔をする。


「うっさいわおまえら。どーゆう漢字?」
「えーっと…昂然とかの昴です。」
「んじゃコウでいいじゃん。呼びやすいし。」
「はぁ…。」
勝手に話が進んで、よくわからないことになってきていた。

「…おまえ、その我が道を行き過ぎるのやめろよ。」
「はー?おまえに言われたくねぇんだよ。」
「確かに、命さんの言えたことじゃないよね。」
言って、クスクスと少年が笑う。


「ま、そこらへんはおいといてー。おい、昴。」
「え、あ、はい。」
「包帯、替えないとヤバイだろ。ついでに手当てもちゃんとすっから。」
言って、男がベッドの横に腰掛ける。
その手には、いくつかの包帯と何かの薬が見えた。


「痛かったら言えなー。」
言いながら、男が包帯を外していく。
傷口が、ひんやりとした空気に触れる。


「…うわ……紋、おまえもうちょっとまともにやれよ。」
「だーって、やり方わかんないんだもん。」
「おい、おまえちゃんと教えとけよ。」
「俺かよ。」
「当たり前だろ、親の役目ってヤツだ。」
意地悪そうに、男が笑う。


「…親?」
不思議に思って聞き返すと、目の前で男が楽しそうに笑う。


「そこのガキな、そこの男に拾われたんだよ。」
「あ、さっきそんな話が…。」
「だから、親ってわけ。年5つしか違わねぇけど。どっちもガキだな。」
言って、男がくつくつと笑う。

「ちなみに、俺は藤村 拓、18。おまえいくつ?」
「あ、13です。」
「13って、中学生かよ。てっきり命より上かと思ってたぜ。」
「俺も上かと思ってた。年下かよ。」
「まぁおまえも中学生には見えねぇけどな。」
目の前の男の言葉に、銀髪の男が軽く笑う。


「ちょっとしみるけど我慢しろよ。まぁ、すぐ傷塞がると思うから。」
言って、男が何かの薬を傷口に塗る。
少しだけしみたような気がしたけれど、痛くはなかった。


 

「―…おっし、完了ー。」
言って、男が包帯の上からポン、と軽く叩く。

「ありがとうございました。」
「いーってことよ。」
笑う男に、軽く頭を下げる。


「んで?今さらだけどどうすんだ、コイツ。」
「あー…なんか、入れることになったみたいだけど。」
「なんでんな曖昧なんだよ。」
「話してるときにおまえが入ってきたからだよ。」
「そりゃ失礼。」
言って、男がクスクスと笑う。


「どうすんだ?」
銀髪の男が、軽く笑いながら問う。
それに対して、軽く笑い返した。

 


「―…ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします。」

言って、軽く頭を下げる。
 



「―おっけ、交渉成立。」

言いながら、銀髪の男が手を差し出す。



 

「―ようこそ、NOAHへ。」

 

笑いながら吐かれた言葉に、同じように笑い返して。
同じように、手を差し出した。

後ろの方で、2人が笑っていた。



 
 

それが、全ての始まり。
そして、終わり。


自分の居場所が、欲しかっただけ。
居てもいい場所が、欲しかっただけ。


だけど、それはただの言い訳にしかすぎなくて。
本当は、ただ死にたくなかっただけなのかもしれない。




復活第1弾〜♪
途中からパソで打ってたので、話がグダグダ(笑)
とりあえず昴が殺し屋になったときの話はこんな感じでーす。
雨の中で死にかけてた昂を紋が拾ってきたのです(笑)
途中から「男」が2人になってよくわかりませんが、ニュアンスで読み取ってください(ぇ
ちなみに、NOAH(ノア)ってのは、紋がCrimsonとして独立する前に所属してた所です。

とりあえずやっと昴の過去が語れて満足ですvv
ちなみに、エディプスってのはエディプスコンプレックスのこと。
同性の親(つまり父親)に敵意を抱いて、異性の親(つまり母親)に愛情を抱くようなこと。
逆バージョン(つまり女の子)は確かエレクトラコンプレックス…だったような…。ちょっと記憶が怪しい(笑)
昔、東野圭吾さんの「変身」って小説読んで知りました、エディプス。
心理学の授業とかやってると出てきておぉーと思う今日この頃(笑)

(2005/5/12)