薄いまどろみの中、聞き覚えのある電子音が耳に届いた。
ぼんやりとする頭で軽く口ずさむ。

何の曲だったかなと考えたとき、歌が途中で途切れてまた頭から流れ出した。
そこでやっと携帯が鳴っているのだと気づいて、目を開けた。


液晶に映った名前を見て、少しだけ考える。
聞いたことのあるようなないような女の名前で、でも顔はいまいち出てこなくて。
いやでも登録してあるってことはとりあえず知ってる人間なんだろうけど。

そこまで考えたときに、ぷつっと音が切れた。
部屋の中に、静けさが戻ってくる。

かけ直すべきなのかどうかを少し考えたあと、枕元に携帯を置いてまた横になった。

すぐに、耳元で携帯がうるさい音を立てる。
一応画面を見てみたら、さっきと同じ名前が映っていた。


「―――ハイ、もしもーし?」

面倒臭そうな声を隠しもせず、ため息と一緒に言葉を吐いた。


『――――尚、久しぶりー。今大丈夫ー?』

大丈夫じゃない、と言えば電話は切ってくれるのだろうか。

声を聞いても誰だかわからなくて、とりあえず反射的に大丈夫、と答えていた。


『もー、全然連絡くれないんだもん。遊んでよー。』
「うーん、俺もけっこう忙しいんだよねー。」
『ウソー、大学も全然行ってないんでしょー?』
適当に受け答えをしながら、大学のヤツかなーとかぼんやり考えて。
考えても結局わかんないし、面倒だから途中でやめた。


「で、何か用あってかけたんじゃないの?」
できるだけ優しく言ってみてる自分がおかしくて少し笑った。

『遊びたいなーって思って。ね、今から会えない?』

囁くような、甘い声。
媚びるその響きに、軽く吐き気がした。


「うーん、今ちょっと忙しくてさー。」
笑いながら言ったとき、玄関の戸が開く音がした。
チャイムは鳴らなかったし、篠か玄かと思ってたらドアから覗いた顔は予想とは全然違って。
無造作にセットされた茶色い髪の子どもが、人懐っこく笑った。

電話中なのに気を遣ってか、ソファーに座ってヒマを持て余す。
猫みたい、どっちかってゆうと犬だなコイツは。
なんて、どうでもいいことを思った。


『――――ちょっとー、聞いてるー?』
「あぁ、ごめん。聞いてなかった。」
そういや俺いま電話してたんだった。
てゆうかなんで誰かもわからない女と電話してんの俺。

片手間で唐突な客にお茶を出すと、口だけでサンキュって笑って。
ホント、こうやってるとただの高校生でカワイイのになぁって思った。


『ねぇ、それでー、』

「――――あのさぁ。」

聞いてもいない言葉を遮って、軽くため息を吐く。
女が不思議そうな声で何?と聞いてきた。


「めんどくさいからもう切っていい?」
『ちょ、何よその言い方ー。』
案の定女は怒り出して、ホントにめんどくせぇと思った。


「俺アンタの彼氏でも何でもないし。1回遊んだくらいで調子乗らないでくんない?」

別に本人が目の前にいるわけでもないのに、なんで口元に笑みが浮かぶのか不思議で。
そんなことを考えていたら、また女が騒いでいるのを全く聞いてなかった。

「ま、そーゆうわけなんでー。もうかけてこないでねー。じゃーねー。」
電話の向こうで何かを言っている声が聞こえたけど、興味もなくてそのまま電話を切った。
めんどくせー、と呟いて、携帯をベッドに軽く投げた。


「―――慧お待たせー。悪かったな。」
「うんにゃー全然。」
そう言ってまた、人懐っこい顔をして笑う。


「電話、良かったん?」
「あぁ、誰かわかんねーし。」
「なんだそれ。」
「たぶん前に遊んだ女なんだろうけど。顔も覚えてねーし。」
「尚って相変わらず節操ねぇなー。」
クスクスと笑う慧に、おまえが言うかって軽く頭を小突く。


「で、どうしたよ突然。」
「や、別に用はないんだけどさ。」
「要するに暇潰しかよ。」
そーゆうコト、ってニィと笑う。


「尚って1回しか遊ばねぇの?」
「あ?んー、そうだなめんどくせぇし。ヤるだけってそんなもんじゃね?」
「そっかなー?俺はけっこう何回も遊ぶけど。その方がお互いわかっていいし。」
「おー、最近の高校生は遊んでんなー。」
「いやいや、兄さんほどじゃないっすよ。」
ふざけて笑う慧に、同じように笑う。

「なんで彼女つくんねぇの?」
「んー、めんどくさいから。おまえは?」
「俺は常にいるのかいないのかわかんね。」
さも当たり前のことのようなセリフに、乱れてんなーと笑う。


「ま、誰にしても本気で付き合うとかないと思う。尚と一緒。」
どこまで知っているのかわからない言葉に、薄く笑う。


「―慧、ここ禁煙。吸うならベランダ出て。」
タバコを銜える慧に言うと、そっかと思い出したように言う。

「尚っていつタバコやめたの?前、ペースメーカー時代は吸ってたじゃん。」
あぁそっか、慧とはBUGのときに向こうで会ってるんだっけなんて今さら思い出した。

「前の女にガキができてからー。」
「え、そうなんだ。知らなかった。アヤさん、だっけ?」
「そう。ま、もう別にいいんだけど、なんか吸わない習慣ついちまってそのまま。」
ふーん、と呟いて、慧がタバコをポケットにしまった。



タバコなんて元々吸いたくて吸っていたわけではなくて。
興味本位から始まった、ただ手持ち無沙汰を埋めるための道具だっただけで。
溺れて依存することが、嫌いだった。

それなのになかなかやめようとも思えずに。
やめるきっかけができて、だからやめただけのことだった。


「そういやさ、全然関係ねぇけど朱って彼女いんの?」
「んー・・・一応、いるみたい。付き合ってるのかどうかはわかんねぇけど。」
「ふーん、意外。アイツ女っ気なさそうなのにな。」
俺の言葉に、慧が確かにと笑う。

「でも朱って、女の子といる方が楽そうな感じあるじゃん。哉とかさ。」
「あーそれはなんかわかるかも。おまえは別として、男といると気遣ってそうだよな。」
「たぶんまだ慣れない部分あるんだろうな。すげー人見知りだし。」
「ふーん。そんな朱をおまえはどう口説いたわけ?」
面白半分に、笑って言う。

「口説くって・・・。」
案の定、呆れた顔して慧が笑う。

「俺って人見知りしねーし、別にこのまんまだよ最初っから。」
「つーか手出してねぇの?」
ふざけた質問に、慧が飲みかけのお茶を吹き出しかける。


「学校のヤツにも言われんだけどさ、俺ってそこまで節操なさそうなわけ?」
「そらぁもう。だっておまえ男でも抵抗なさそうだもん。」
「いやいやいやいや。」
ちょっと待ってくださいよ、って笑う慧が面白くて、くつくつと笑った。


「――ま、冗談はさておき。なんでそんな顔してんの?」

なるべく自然に言ったつもりだったんだけど。
慧は意表をつかれたのかとても驚いた顔をしていて。

「何もねぇよ。なんで?」
なんて、笑って言うから。
俺は短くため息をついた。

コイツ、自分がどんな顔してんのかわかってんのかな。


「見るからにカラ元気で笑われてて、何もねぇはないだろ。」
テーブルに置いたグラスの中で、融けかかった氷が音を立てた。

「おまえが俺んとこ来たのって、楽だからじゃねぇの?だったらなんで無理して笑うんだよ。」

まっすぐに見据えた瞳は小さく揺らいで。
キレイな紫色が、小さく伏せられた。


「・・・・・・適わねぇなー、尚には。」
そう言って、慧は少し困ったように笑った。
無理をしている笑顔ではなく、少し照れくさそうな顔。

「まぁ、この尚お兄さんに話してみなさいな。」
「お兄さんって。」
クスクスと笑って、慧が大きく伸びをする。
肩の力が抜けた子犬は、そのままソファーに倒れこんで横になった。



「・・・俺さー、今けっこうしんどくてさー。」
眩しさを遮るかのように、片腕を顔の上に乗せて。
そのせいでどんな表情をしているのかは読み取れないけれど、とても静かな声だった。

「なんかさ、朱とどんな顔して何喋っていいかわかんないんだ。」
「なんで今さら。」
ふっと笑うと、ホントだよなーと慧が自嘲気味に笑う。


「なんか俺、どうしていいかわかんねーの。」
「おまえは、どうしたいの?」
その言葉に、慧がゆっくりと起き上がる。


「それが一番わかんね。」

力なく笑うその顔が、とても哀しそうで。
どうしてこんなにしんどそうな顔をしなくちゃいけないのか、わからなかった。


「―――慧、タバコ1本ちょーだい。」

その言葉に慧は少し驚きの表情を見せて。
だけど黙ってタバコの箱を差し出した。

半分くらいなくなったタバコを1本取り出して。
テーブルに置かれていたライターで火を点ける。

独特の焦げるような匂いと、浮かぶ白い煙。
口の中に微かな苦味が広がる。



「おまえ、アレだろ?えーっと、ほら、何だっけ・・・葵?」
「うん。」
「アイツだろ?おまえがどうしていいかわかんねぇ理由。」
言うと、慧がまた困ったような顔をして俯いた。


「俺だってこーゆう世界けっこう長いしさ。わかるよ、そんな簡単じゃないってコト。」
一度入った組織を抜けることはそう容易いことではない。
俺みたくなくなったならまた話は別だけど。

「おまえがココに来た理由も、なんとなくわかってるよ。」
言って、ゆっくりと煙を吐いた。
慧は、何も言わなかった。


「まぁ、だからって俺がおまえをどうこうする気はねぇけど。」
誰かに言う気もねぇし、と吐いて、タバコを灰皿に押しつぶす。
色んなタバコが混ざった、黒い大きめのガラスの器。
まるで想いの掃き溜めみたいだと、自分でもよくわからないことを思った。



「じゃあ、逆に聞くけど。」
その言葉に、慧が顔を上げて不思議そうな目を向ける。


「――おまえは、どうしなきゃいけねぇの?」

その言葉に、また少し、キレイな紫色が揺らいだ。


「・・・・・・帰らなきゃいけないんだと思う。少なくとも、葵はそれを望んでる。」
「なるほど、な。だから悩んでこうなってんのか。」
慧がBUGに戻るというコトは、要するにCrimsonがなくなる、ってコトで。
要するに、もう執行猶予がなくなったってコトだ。


気付いたら慧はまた俯いていて。
まるで雨の日の捨てられた子犬みたいな、そんな感じがした。



「――――俺、ホントはもう死にたいんだ。」


静かな、本当に静かな声で、慧が呟いた。


「でもそれって、ただの逃げだよな。」
力なく笑うその顔を見ていられなくて。
思わず、俺は目を逸らした。


「でも俺、死ねないんだ。今まで何回も死にたくなったけど、ダメだった。」
「なんで?」
「俺はまだ、生かされてるから。」
誰に、なんて聞かなくてもわかった。
ここまで根が深いなんて、正直思ってなかった。



「――――死にたいなら、殺してやろうか?」


言いながら、手元のナイフを慧に向ける。
刃先はまっすぐに喉元を差していて。
その距離はほんの10cmくらい。

「俺は玄みたいにキレイな人間じゃないし。今まで、何人か殺してきてるし。」
人殺すくらい躊躇わねぇよ、って呟いた。

慧は黙ったまま、薄く笑った。


「―――そしたら俺、尚を殺さなくちゃいけない。」


とてもとてもキレイな笑顔で、当たり前のように笑うから。
あぁやっぱりコイツもどっか壊れてんだなってぼんやり思った。


「・・・・・・じゃあやめとくわ。殺し合いじゃ適わねぇし。」
ため息と一緒に、ナイフを床に落とす。

たぶん本当は、そんな気なんて最初からなかったのかもしれないけど。



「じゃあまぁ、ぶっちゃけどうすんのこれから。」
「ね、どうしたらいいもんかね。」
まるで開き直ったように慧が言うから、可笑しくてつい笑った。


「まぁ・・・とりあえず保留、にしたい。タバコ、吸っていい?」
思い出したかのような言葉に、二つ返事で灰皿を差し出す。

慣れた手つきで火を点けて、一度大きくゆっくりと煙を吐いた。


「今はまだ、朱と笑ってたいんだ。」

まるで儚い願いのように、慧が呟く。
そんなことすら、願うことは許されないのだろうか。

「たぶん朱が全部知ったら、壊れちゃうかもしれないけど。」
それはおまえもだろ、って思ったけど、口には出さなかった。


「まぁでも、それで朱に殺されるなら俺は満足だけどね。」
そう言って、慧は優しく微笑んだ。
たぶん、それを一番願っているんだろうな。


「・・・ま、おまえらのことは俺は口出ししねぇけど。」
言いながら、新しいタバコをもらって銜える。


「おまえは、辛くねぇの?」
言ってから、愚問だなと思った。
辛くないのなら、慧が今こんな顔をしているはずがない。


「まぁ、正直こんなしんどいとは思ってなかったよ。」
困ったように笑う慧に、何も言えなかった。

「最初はすげー軽い気持ちだったんだけどさ。俺には選択肢もなかったんだけど。」
「リーダー命令だから?」
「まぁそんな感じ。俺にとって葵の言うことは絶対だから。」
どこか遠い目をして笑う慧に、なぜか紋の姿が重なった。


「・・・じゃあ、まぁとりあえず朱といる時間を楽しめよ。」
「うん・・・頑張るわ。」
頑張らなくちゃ一緒にいられないところまできているのだと、悟った。

とても、寂しい気持ちを覚えた。
楽しい思い出が、全部辛いモノに変わってしまうのかもしれないけれど。
そんな苦しい時間を、慧はこれから過ごすのだろうか。





決められたレールの上を歩くことしかできなくて。
外れることも、立ち止まることも許されない。

大事な大事な宝物を、全部その手で壊さなければいけなくなったとき。
コイツはまだ笑えるのだろうか。
壊れてしまうのだろうか。

もしそうだとしたら、せめてどうかその時が訪れるまで。
目の前の優しくて哀しい人間に、笑っていて欲しいなんて、思った。



時間がもう残り少ないことを、痛いほど知っているから。

どうかゆっくりと、歩いていく猶予を与えて欲しいなんて思った。








だいぶ前に書き始めて話がまとまらなくてイライラして何回も投げてた代物。
そして話がだいぶ逸れてまとめられたとゆう。
最初はただの遊び人同士の話だったのに・・・。

なにげこの2人書いたの初めてかも??(もはや曖昧
慧が弱ってるとこ書くの好きデス(ハイハイ 
慧はけっこう誰とでも仲良くなれるし、弱いとこもちょっとならみんなに見せれます。
けど核心は絶対見せない子で、ホントは深く人と関わらない子なのです。
でもたぶん尚は波長が合うし、事情もわかってるから気が楽なんだと思います。

あーあ、ホント主人公って誰なのかしら(爆)
 
 
(2009/9/17)