のスキマ

 

「−あ。」
 

ふと、左手の人差し指から血が出ているのに気づいた。
そういえば、さっき雑誌に引っかけたかもしれない。
 

「どうしたの、朱ーって痛っ!」
「…なんで哉さんが痛がるんですか…。」
口元に手を当てる哉さんに、軽く首を傾げる。
 

「そーゆうのって、見てるこっちが痛いのよ。…けっこう深くやったわねぇ。」
「厚紙で切ると、けっこう切れますからね。」
言いながら、雑誌を傍らに置く。
 

「…なんか、あんまり痛そうじゃないよね。」
「え、そんなコトないですよ。」
哉さんの言葉に、軽く笑う。
 
 

痛くないわけではない。
痛みよりも、ある思いに心が捕らわれているだけ。
 
自分も生きているんだな、と思っていただけ。
 
 
「…とりあえず、医務室行く?」
「放っておけば止まるからいいですよ。」
「…止まりそうにないんだけど…。」
哉さんの言葉に、傷口を見る。
細い傷口から、鮮やかな赤が流れていた。

けっこう深く切ったんだな、とぼんやり思った。
 
 
 
 
「−…ちょっと、しみるよ?」

「え−」
唐突な言葉に、口を開きかけて。
だけどそれは、指先に軽く走った痛みに、言葉にならずに消えた。

哉さんの唇が、傷口に触れる。
少し痛くて、くすぐったくて。
 
でも、暖かかった。
 

 
「−ん、止まったかな?」
「あ、止まったみたいです、ね。」
血の止まった傷口に、哉さんが絆創膏を貼る。
 

「あ、スミマセン。」
「スミマセン、じゃないでしょ?」
「…あ、ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
そう言って、哉さんは満足そうに笑った。
 

「…なんか、哉さんの笑顔って安心しますね。」
「え、何それ。」
「んー、なんとなく、落ち着く感じがするんですよ。」
言って、ニッコリと笑う。
 
「ホント?アリガト。あ、でもアタシも朱の笑顔見てると安心するかも。」
「え、そうですか?」
「うん。なんか、優しくなれる感じ。」
言って、哉さんが笑う。
優しい優しい笑み。
 
そんな優しさは、まだ自分の中に残っているのだろうか。
 
 
「朱って、前に比べたらすごい素直に感情だすようになったわよね。」
「え、俺ってそんな愛想悪かったですか?」
「っていうかね、なんか、手負いの猫って感じ。誰も信用してない、みたいな。」
「あ〜…あの傾は色々ありまして。」
笑いながら言う哉さんに、軽く苦笑する。
 
「まぁアタシもココに来た時ってそんなもんだったわー。」
「いきなり殺し屋やれって言われても、普通に困りますよね。」
言って、軽く笑う。
 
「そうそう。でも、やってなきゃアタシその時に死んでるんだよね。」
「え、そうなんですか?」
「うん。…アタシ、自殺しようとしてたのを紋さんに止められて、ココに来たのね。」
「じさ、つ…。」
小さく、呟く。
 
「そうそう。歩道橋から飛び降りようとしてたのよね。迷惑極まりないわ。」
言って、哉さんがあはは、と笑う。
それに対して、軽く俯く。
 
 
 
「―…あのね、アタシの家族、3年前にアタシだけ残していなくなっちゃったの。」
 
静かな声に、顔を上げる。
 

「―…実の母が小さい時に亡くなって、アタシが中1の時に父親が再婚したのね。」
小さく、言葉が紡がれる。
 

「義母さんはいい人だったし、父も男手1つで育ててくれたし。感謝してたわ。」
でも、と哉さんが続ける。

「中2の時に妹が生まれて。その時から、アタシは『家族の輪』に入れなくなった。」
「…。」
「3人は血のつながった家族だったけど、アタシはなんか違ったの。」
軽く俯いて、ふっ、と笑う。
 
 
「…高1の時にね。ある日家に帰ったら、アタシのモノ以外何もなくなってたの。」
顔を上げて、哉さんが笑う。

「ま、あの人たちにとって、アタシはいらなかったのよね。」
「…そんなの、酷いですよ。家族、なのに。」
小さく呟いて、俯く。

「なんとなくはわかってたの。それ見た時も、あぁ、いなくなったんだ、って冷めてたもの。」
クスクスと、哉さんが笑う。
 
 
「それでね、アタシは元々家を出る気だったし、バイトしながら暮らしてたんだ。」
けっこう楽しかったよ?と哉さんが笑う。
それは、少しわかったような気がした。
 

「…でも、もう1年半くらい前かな?父がたくさん借金をしてるコトがわかってね。」
呟いて、哉さんが軽く俯く。
 
 
「そこで、全部嫌になったのよね。残していったのは借金だけ。酷い親でしょ?」
「確かに…。」
でしょ?と哉さんが笑う。
 

「…それで、もう死のうって思ったトコロを紋さんに止められてね。」
落とすように、哉さんが笑う。
とても、優しい笑顔。
 
 
「―これがアタシの昔話。…なんか、長々と語ってごめんね?」
言って、哉さんが少し困ったように笑う。

なんて言えばいいか、わからなかった。
哉さんは笑っているけど、そんな、簡単なコトではないのに。
 

「―…そーんな顔しないでよ。カワイイ顔が台無しでしょー?」
言って、哉さんが楽しそうに笑う。
 
「えと…ごめんなさい。俺、何て言えばいいのか、わかんなくて…。」
呟きながら、少し俯く。
 
不意に伸びてきた手に、ほぼムリヤリに上を向かされた。
 
 
 
「―…いいの。何も言わなくてもいいの。ただ、アタシが聞いて欲しかっただけ。」
 
まっすぐに、哉さんと目を合わせられる。
 
 
オッケー?って笑う哉さんに、同じように笑いながら軽く頷いた。

 
 
 
「―…哉さんは、強いですね。」
 
笑いながら呟いた言葉に、哉さんがえー?と笑う。
 
 
「全然、強くなんかないよ。」
「強いですよ。なんか、過去を乗り越えてる感じ。」
「んー…たぶん吹っ切れてるだけよ。昔のこと、ひきずっててもしょうがないし。」
言って、哉さんが笑う。
本当に、強い人なんだな、と思った。
 
 
「…俺は、ずっとひきずってるんですよ。弱いんです。」
軽く笑って、呟く。
哉さんは、軽く首を傾げた。
 

「…俺、10歳の時に両親が事故で死んじゃって。施設で、育ったんです。」
小さく、呟く。
哉さんは、少し驚いたような顔をしていた。
 
「そこで会った、紗紀ってヤツがいて。施設出たあとも、毎月会ってたんです。」
13日に、って言って、軽く笑った。
 
「…仲、良かったんだ?恋人?」
「そーゆうんじゃなくて…どっちかって言うと、親友、です。」
そっか、と哉さんが微笑む。

 
 
「―…でも…アイツ、半年前に…死んだんです。」
「…事故?」
哉さんの言葉に、軽く首を振る。

 
 
「―殺されました。銃で、一発。」
 
軽く俯いて、呟く。
哉さんは、何も言わなかった。
 
 
「…別れて、すぐだったんです。さっきまで笑ってたアイツが、血を流して、倒れてて…。」
「…。」
「…何も、できなかったんです…。」
呟くと、髪に何かが触れた。
暖かい手が、優しく頭を撫でていた。
 
ふ、と軽く笑う。
 
本当に、哉さんは強い。
強くて、優しい。
 
 
 
「それで、俺も死にたいと思って。路地裏でぼーっとしてたんですよね。」
「あれ、自然に身を任せちゃうタイプ?」
「面倒臭がりだったんですよ。痛いの嫌だったし。」
クスクスと笑う哉さんに、同じように笑いかける。
 
「そこで、紋に拾われてきたんですよ。」
「なるほど。なかなか壮絶な歴史があるわけねー。」
軽くふざけるように言って、哉さんが笑う。
わざとそうしてくれてるのが、けっこうありがたかった。
 
 
「…そっかそっか。じゃあ、朱が毎月13日に出かけてるのってー。」
「アイツの、墓参りです。」
偉いねぇ、と哉さんが笑う。
 

「…そっか。銃がダメなのは、そーゆうコトなんだ…。」
「…思い出しちゃうんですよね、どうしても。恐いんです。」
臆病者なので、と言って、軽く笑う。

「…タバコがダメなのも、その時、撃ったヤツが吸ってたからなんですよ。」
「トラウマはね、どうしようもないわ。」
少し困ったように、哉さんが笑った。

お互いに何を言えばいいのかわからず、少しの間沈黙が流れる。
 
 

「―…それにしてもさ、紋さんって、人拾ってくるの趣味かな?」
「あー…どうなんでしょう?」
「単にウチらが拾われただけー?アタシみんなの過去知らないしなぁー。」
言って、哉さんがクスクスと笑う。

「俺も、全然知りませんよ。今哉さんの知ったくらいです。自分の話したの2人目だし。」
「1人目は、やっぱ慧?」
「あ、違います。慧とはそーゆう話しないんですよ。」
なんとなくですけど、と言って、笑う。

「話したのは、紋です。銃とかタバコのコトは、言ってないですけど。」
「あ、そっか。休みもらわないといけないもんね。」
哉さんの言葉に、軽く頷く。
 

「アタシはー…白には話したかな。」
「仲イイですもんね。じゃあ、白のも知ってるんですか?」
「まぁ、ね。って言うか、白をココに連れてきたのアタシだし。」
「え、そうなんですか!?」
初めて聞く事実に、少し驚く。

「そーよ。…でも、ちょっと後悔してるかな。」
軽く、哉さんが俯く。
 

 
「―…あんな優しい人を、なんで人殺しなんかにしちゃったんだろ…。」


呟いて、哉さんは少し寂しそうにそう笑った。
俺は、なんて言えばいいのかわからなかった。
 


 
「―朱。」
 
唐突に名前を呼ばれて、その声の主を見る。


「…紗紀ちゃんの、スキマを埋めてくれる人、早く見つかるといいね。」
「…そう、ですね。」
答えて、軽く笑った。
 
 


スキマを、埋めてくれる人。

もしそんな人が現れたとしたら。
今度こそ俺は、この手でその人を守れるのだろうか。
 
 
 


  この話は、よくあるパターンの「日常」を書きたかったんですが。
話が続かなくて哉に過去を語らせてみました(笑)
ついでに朱も語るかーと思い、こんな話に(行き当たりばったり

ケガしたらツバつけときゃ治るってよく言いますけれども。
あれって実際、雑菌とか逆にダメらしいよ(笑)
どうでもいいけど、厚紙で切るとマジ痛いから(ホントどうでもいいよ

他のメンバーの過去も、徒然明かしていきまする〜。
順番は適当で。書いた順(笑)決して思い入れの差じゃありません(笑)