忘れてはいけないコト
  忘れられない、コト
 
  どっちが、大事なコト?
 
 
 
 
 
「―朱?」
 

唐突な声に、振り返る。
そこにあったのは、いつもと同じ優しい笑顔。
 
 

「どした?」
 
ふわりと、優しい微笑みが向けられる。
思わず、それから目を逸らした。

 
 

「−…慧。」
 
静かに名前を呼ぶと、ん?と優しい声が返ってくる。
 
 


「今日、さ…仕事だったんだ…初めて、の…。」
途切れに途切れに、呟く。


「…その人、俺の知り合い、だった…。」
「…。」
「なん、か…よく、わかんないけど…すごい、悲し、いんだ…。」
呟いて、俯く。
 
 
優しい笑顔が、浮かんだ。

「サキ」という名前と、顔しか知らなかったけれど。
時々、どちらからともなく誘って、会っていた。
 
 
 
サキ
 
アイツと、同じ名前
 
 
 
 

 
「−…けど、俺泣けないんだ…。」
「うん…。朱、もういい。もう、いいよ。」
優しく、慧が微笑む。
 

慧は、優しい。いつでも、どんなときでも。
 
 

「…朱、ちょっとコッチこい。」
軽く笑って、慧が手招きをする。
それに誘われるまま、連れていかれた先は地下にある医務室。
 
 

「…慧?」
「ココ座って。」
不思議に思ってる俺に、慧が笑いかける。
 
 

なんで、いきなりこんな所に連れてこられたのだろう。
クスリ臭くて、あまり好きじゃない。
 
無人の、静かな空間が、少し恐い。
 
 
 
 

「−朱、ちょっと痛いけどガマンしろよ?」
「え、何−」
 
慧の白くて細い指が、顔のすぐ横に伸びてきて。
頬を掠ったかと思うと、鋭い痛みが走った。
 
 
 
 
「―って!!何、だよ?!」
 
慧の手を振り払って、左耳に手を当てる。
熱を持っているかのように、熱い。
 
 
「何って、ピアスの穴をあけようとしてる。」
そう言う慧の手には、血のついた安全ピン。
 
「なん、で、安ピンなんだよ。いってー…。」
言いながら、手のひらを見る。
赤い血が、滲んでいた。
 
 
 
 
「−…朱は、今日その人をどんな風に殺した?」
「どんなって…ナイフ、で…。」
言いながら、軽く俯く。
 

「そっか。その人はもっと痛かっただろうし、苦しかっただろうな。」
静かに呟かれた慧の言葉に、何も答えられなかった。
 
 
 

「−だからな、朱。今の痛みを、忘れんな。」
 
まっすぐに、目を見て慧が言う。
 
 
 
 
「…まぁ、ナイフと安ピンじゃ比べ物になんねーけどさ。」
言って、慧が軽く笑う。
 
 
「おっけー?」
小さく、答えのかわりに頷いた俺に、慧が笑いかける。
 
 

 

 
「−んじゃあ、ちゃんと冷やしてやりますかね。」
言いながら、慧が冷凍庫を開ける。
 
 
 
 
「−…いい。そのまんまでいーよ。」
慧の目を、まっすぐに見て言う。
 
痛みを、忘れてはいけない気がする。
 
 
 
 
「…マジ痛いぜ?」
「…いーよ。」
呟くような俺の言葉に、慧がふっ、と笑う。
 
 
 
 
 
「−言ったからには、途中で音上げんなよ。」
「…ん。」
少し意地悪そうに笑う慧に、頷く。
 
 
まだじんじんと痛む左耳に、慧が針を当てる。
 
 
 
 
 
「−…いくぜ?」
 
 
小さく頷くと、一瞬の鋭い痛みが走る。
 
ポタ、と水滴の音がした。
 
 
 
 
 
「−平気…?」
 
ティッシュをあてながら、頷く。
 
 
血を拭った針が、右耳に当てられる。
 
ひんやりとした慧の手が、気持ち良かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「−これ、やるよ。」
 
 
ガーゼで耳を押さえてる俺に、慧が何かを差し出す。
空いている手で受け取ると、それは赤い石がついた2つのピアスだった。
 
驚きながら慧を見ると、いつも両耳に収まっている赤いピアスが消えていた。
 
 

「−え、だって、これ慧のお気に入りじゃ…。」
「いーんだって。赤い戒め、って感じな。」
笑いながら、慧が言う。
 

「戒め…?」
「そ。これつけててさ、仕事する時は、さっきの痛み思い出せ。」
まっすぐに目を見て、慧が笑う。
 
 
 
「−血、止まったか?」
「あ、うん。大丈夫っぽい。」
「そか。じゃあそれ、貸して。」
言われるままに、慧にピアスを差し出す。
 
冷えた指先が耳に触れて、できたばかりの穴にピアスが差し込まれる。
少し、異物感があった。
けれど、すぐに慣れるのだろう。
 
 
 
「−お、似合うじゃん。カワイイカワイイ。」
「や、カワイイ言われても…。でも、アリ、ガト…。」
小さく呟くと、慧がクスクスと笑う。
 

 
「−…あー、それから。」
「ん?」
慧の言葉に顔を上げると、慧が優しく微笑む。
 
 
 
 
 
「−…泣きたいときは、泣いとけ。」
 
 
 
耳元で、悪戯っぽく囁かれる。
 
 
 

 
「―っ泣かねーよ!」
 
 
焦って少し叫ぶように言った俺に対して、慧はクスクスと余裕の笑みを浮かべていた。
 
 
 
 
 
 


「ピアス」の裏話です。
あの、こんな危険な開け方はしないで下さいね(汗)
あたしはピアッサーで開けたのでわかりませんが、安ピンは普通に死ぬと思います(笑)
実際安ピンであけてみないと、あけられてる方の気持ちはわかりませんね(じゃあ書くなよ
 
慧っていうのは、一応朱の先輩です。朱より先に入ったから。
でも、同い年だからか(?)二人は親友です。とても仲良し。
慧はすごい優しいです。気に入ってるヒト限定ですが(あれ
サキ(アイツの方)の話も後々書きたいなと思ってます。思うだけはタダだから(はぁ?