エゴイズム 
 

痛いくらい、わかっていた。
僕にはハジメから、このセカイしかなかったから。 



――― 僕にはできません。」


意味のない言葉だとしても、言わずにはいられなかった。
どれだけ残酷なセカイかも、全部わかっているのに。


「・・・紋、できるできないじゃない。やらなきゃいけないことだ。」

静かな、とても静かな声が響いた。

「だけど命さん、これは酷すぎる。」
机の前で静かに腕を組む命さんは、いつもと少しも変わらずに。
日に透ける薄い銀髪が、とてもキレイだと思った。

机の上に広げられた紙と1枚の写真。
幼い顔をした、少年の姿。

「聞き分けの悪いことを言うな。」
「だけど・・・あの子にとってどれだけ絶望的なことか、わかるでしょう?」

甘い匂いのする部屋。
いつもなら落ち着いて、大好きな部屋。

だけど今は、それがとても重く感じた。


「紋、おまえだって子どもじゃないんだからわかるだろ。」

この世界は、こんな世界だ

わかり切っている言葉が吐かれた。


「向こうだってこの世界は長いし、ルールだってわかってるさ。」
「それは僕だってわかります・・・でも、」

――― 紋」

声にならなかった言葉が、心地よい声にかき消された。


「頼むから、わがまま言わないでくれ。」

ため息と一緒に、命さんが呟いた。
僕は、何も答えなかった。


俯いた視界の先で、命さんがタバコに火を点けた。
ふわりと、甘い香りが鼻先をくすぐる。



―― これは僕個人としてではなく、Crimsonのリーダーとして言います。」

顔を上げて、まっすぐに命さんを見据える。

「この依頼はお受けできません。」

薄いキレイな紅い瞳が、同じようにまっすぐに見据えてくる。
優しくて、冷たい瞳。

本当は、逃げ出したかった。
だけど、目は逸らさなかった。


「・・・だったら俺も、NOAHのリーダーとして言う。」

言って、命さんが立ち上がった。
少しだけ、顔を見上げる。

「これは、命令だ。」


強い強い言葉。
逆らえないことを、頭も身体も知っている。

何も言えなくて、僕は俯いた。


「アイツを受け入れると決めたのはおまえだ。」
少し低い声が、降ってくる。
押し潰されそうな、重い言葉。

―― それを今さら、できませんじゃ通らないんだよ。」
また一つ、命さんがため息をついた。


わかってる。
わがままを言っていることも、それが命さんを困らせていることも。

全部、わかっているんだ。


残酷な世界に生きていることを、痛いくらいに思い知らされる。
だけど僕にとって、この世界が全てで。
その世界しか、僕にはなくて。

優しい優しいこの人も、それは同じことなのに。



「・・・命さんの言いたいことはわかります。痛いくらい。」
「俺だって、おまえの言いたいことはわかってるよ。」
困ったような顔をして、命さんが笑った。
少しだけ、哀しい笑顔。

そんな顔を、させたいわけではないのに。



「・・・・・・わかりました。わがままを言ってすみません。」

言って、俯いた。
頭ではわかっているけれど、心は納得してくれない。
仕方がないことだと、言い聞かせるしかなかった。


――― ごめんな。」

唐突に、命さんが呟いた。
それは、僕の存在を否定する言葉でもあった。

僕にとっては、この世界が命さんが全てで。
僕にはそれしかないんだ。


「僕は、大丈夫。ごめんなさい。」
無理に、笑った。
これ以上優しいこの人に、哀しい顔をさせたくなかった。


「正式な書類は明日、昂に持っていかせるから。」
「はい。」
「アフターケア、頼むな。・・・死なせないでくれ。」
「はい・・・。」

甘い香りが、灰皿の上で燻っていた。

僕はもう一度、机の上の写真を見た。
どこか憂いを帯びた、哀しい瞳の少年。

キレイなキレイな、紫色の瞳。

今までもきっと辛い想いをしてきているのに。
これから起こるそれ以上の辛い出来事に、この少年は耐えられるのだろうか。

壊れて、しまわないだろうか。



「それからもう一つ。」
言って、命さんが1枚の写真を差し出した。

「たぶん、こっちも面倒なことになる。拾うのか片付けるのかは、おまえの好きにしろ。」

続いて吐かれる、冷たい言葉。
視界の端で差し出された紙に、反射的に手を伸ばす。


―― 高束、朱?この少年が、何なんですか?」

言いながら、手渡された書類に軽く目を通して僕は何も言えなくなってしまった。


「・・・・・・こんなことが、あっていいんですか?」
「どうするのかは、おまえの好きにしろ。」

命さんの言葉をぼんやりと聞きながら、僕はもう一度写真を見た。

血の色のような、キレイな紅い髪の少年。
少しぼやけてはいるけれど、キレイな笑顔。

この子も、壊れてしまうのだろうか。



「・・・・・・僕は、たぶん拾ってしまうと思います。」
「だろうな。おまえはそーゆうヤツだ。」
困ったように笑う命さんに、少しだけ微笑んだ。


「だけどそっちの方が酷かもしれない。」

静かに吐き出された言葉に、僕は何も言えなかった。

「そうかもしれない・・・。でもきっとこの子は、この笑顔を失くしてしまうかもしれないから。」

呟いて、命さんを見上げた。

「僕はそれを取り戻してあげたい。どうしようもないエゴだけど、そう思ってしまいます。」

まっすぐに目を見て言った。
命さんは、ふっ、と小さく笑った。


「おまえは、優しすぎるな。」

それは、褒めるでもなく貶すでもなく、吐かれた言葉。


「・・・でもきっと、そっちの方が残酷ですよね。」

呟いてまた、俯いてしまった。


ヒトの人生なんて、僕が決めていいはずなんてないのに。
僕がやろうとしていることは、とんでもなく残酷なことだとわかっているのに。

僕はただ、この2人の少年に笑って欲しかった。

どうしようもない、途方もないエゴだった。


それでも僕は、僕にできることをしたいと思った。
それはきっと、彼らを苦しめてしまうことになるけれど。

でも僕は、簡単に捨ててしまいたくはなかった。

残酷なこのセカイで、ほんの少しだけでいいから、人間でいたかったんだ。


途方もなく残酷な、エゴだ。







 少し話を進めてみた。
慧と朱が組織に入るほんのちょっと前の話。

お仕事の話は命から紋にきて、紋が各メンバーに伝えるわけです。
紋はその仕事が一番嫌いだったりします。
辛いことだとわかってるのに伝えなくちゃいけないのは、とてもしんどいことだと思う。

けっこうあっさり核心に触れてみたりしてしまっている感じだけれども。
でもまだ秘密のいっぱいある子たちなのでまだ話は続きます(笑)
 
 
(2009/8/17)