癒えない傷痕
ただ、佇んでいた
喜ぶことも、泣くこともせずに
ただただ
赤い水たまりに 佇んでいた
「―――おかえりー。」
ドアを開けて聞こえてきた声に、顔を上げる。
「…紋さん…。」
ソファーでくつろぎながら、紋さんが笑う。
「部屋にいるなら、わざわざ鍵をかけないでくださいよ。」
「えへへ〜ビックリさせてやろうかと思って。」
言って、クスクスと笑う。
「もう慣れました。」
「えー、つまんなーい。今度違うの考えよー。」
「いいですよ、考えなくて。」
笑いながら言う紋さんに、同じように笑って言う。
着替えてきますね、と言って、テーブルの上に鍵を置く。
何の飾りもない、シンプルな鍵。
少し遠くには、いくつか飾りのついた同じもの。
行ってらっしゃい、と微笑む紋さんを残して、奥の部屋へと消える。
殺風景な部屋の机に鞄を置き、ネクタイを緩める。
「―・・・痛そうだよね。」
唐突に聞こえた声に振り向く。
ドアのところには、いつの間にやってきたのか、紋さんの姿。
「…紋さん、いきなり声をかけないでくださいよ。驚くでしょう。」
「あれ、気付いてなかったの?」
「紋さんといるときまで気配読んでると疲れるので。」
言って、軽く笑う。
「と言うか、人が着替えてるときに入ってこないでください。」
「いいじゃない、今さら。僕と昂の仲でしょ?」
「まぁ、そうですね。」
言うと、紋さんが楽しそうに笑う。
「それで、何がですか?」
「ん、何が?」
「痛そう、って言ってませんでした?」
「あ、うん。それ。」
思い出したように言って、紋さんが指差す。
「あぁ…これですか。」
軽く苦笑して言いながら、左脇腹に軽く触れる。
生々しく残る、昔の傷痕。
「痛い?」
「いえ、もう治ってますから。」
「そう。じゃあ、痛かった?」
「…どうでしょうね。」
苦笑して、呟く。
「そっか。僕刺されたコトないからわかんないんだよね。」
言って、紋さんがクスクスと笑う。
「刺し傷って、消えないものなの?」
「その場合によるんじゃないですか?」
「あ、そっか。…昂のは消えないよね。」
「…そう、ですね。」
軽く笑って呟く。
「―――それが、私の罪の重さなのでしょうね。」
少しだけ俯いて、自嘲しながら呟く。
「…あのさぁ…。」
紋さんの小さな声に、顔を上げる。
「…昂は…どうしてそんなに、自分を責めて生きるの?」
静かな問いに、小さく困ったように笑いかける。
「…それが、罪ほろぼしのつもりなの?」
「…そんなんじゃ、ないですよ。」
小さく呟いて、小さく笑う。
「――――許されるなんて、思っていませんから。」
紋さんに笑いかけながら、小さく呟く。
まるで、懺悔のように、小さく。
癒えたはずの傷が、小さく痛んだ気がした。
「――昂って、ホントに変わんないよね。」
少し困ったように笑う紋さんに、そうですか?と言って、笑う。
「着替えたらコーヒー煎れますね。座って待っててください。」
「ん、わかった。」
笑いながらひらひらと手を振って、紋さんが部屋から姿を消す。
脱ぎかけのシャツをゆっくりと着替えて、部屋をあとにした。
部屋に戻ると、テーブルの上には飾りのついた鍵が2つ。
「…紋さん、これはー…。」
「あ、あげるー。昂のはシンプルすぎてつまんないから。」
言って、紋さんが子どものように笑う。
軽く持ち上げると、チャリ、と軽い音を立てる。
シンプルな鍵の先についた、シンプルな十字架。
「返品不可だからね〜。」
「しませんよ。」
クスクスと笑う紋さんに、同じように笑って返す。
「ありがとうございます。」
笑って言うと、紋さんが満足そうに笑った。
「―――痕、消えなきゃいいのにね。」
唐突に、紋さんが笑いながら言った。
大人びた、艶然とした笑顔。
あの時と、同じ。
「どうして、ですか?」
不思議に思って問うと、紋さんが笑って返す。
「だってさ、それがあったから昂は僕と会って、僕と会ったから今ここにいるでしょ?」
「そう言われれば、そうですね。」
言うと、でしょ?と言って、また笑う。
「それって一種の絆みたいなものじゃない?」
だからー、と言って、続ける。
「それが消えちゃったら、昂はいなくなっちゃうかもしれないじゃない。」
変わらない笑顔で、そう呟く。
誰の前でも吐かない、小さな小さな言葉。
「・・・・・・そう、ですね。」
「ね?」
言って、少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうな笑顔へと変わる。
この人は誰よりも強くて、きっと、誰よりも弱いから。
何だって手に入るのに、何も残らないことを知っているから。
だけど、変わらないモノだって確かにあるということをまだ知らない。
「―――私は、いなくなったりはしませんよ。」
微笑みながら、静かに呟く。
「あなたのまわりに何もなくなっても、私だけはそこにいますから。」
笑って、続ける。
「…ホント?ずっと、傍にいてくれるの?」
不安そうな瞳で、見上げる。
「―――あなたがそれを望むのなら。」
言うと、紋さんがゆっくりと笑う。
あの時と同じ、子どものような、本当に無邪気な笑顔で。
ただ 佇んでいた
赤い赤い 水たまりで
喜ぶことも、泣くこともせずに
ただただ 暗闇に佇んでいた
差し伸べられた 小さな手、暖かいもの
狂おしいほど、儚く感じた
守りたい と、思った
ただ、それだけ
昂の過去話書くはずだったんですが、ちょっといっぱいいっぱいになったのでまた今度(笑)
昂の罪やら紋との出逢いやらはまた後日語りますー。たぶんー(笑)
昂は、紋が望むなら何だってやりますよ、本気で。
…あれ、なんか前もこんなコト書いた?(笑)まぁまぁ、昂はそんな人ですよ、と(笑)
ちなみに、紋は昂の部屋の合い鍵持ってます。
もちろん昂は了解済み。むしろ自分であげてるかと思う。
(2004/9/15) |