透 明 な 、 涙
ずっと、頭から離れないことがある。 それはきっと、罪悪感という名の、どうしようもないくらいの自責の念。 死にたいと思うことは、特になかった。 ただ、生きたいとも思わなかった。 いつだって、すぐにこんな命なんて投げ出してもいいと思っていた。 いま俺を生かしているモノは、一体何なのだろう。 「――――桜、んなとこで寝たら風邪引くぞ。」 細い腕を投げ出して、床に横になっている猫みたいなヤツに声をかける。 窓から差し込む日差しが暖かいんだろう、本当に猫みたいに体を丸くしている。 少し大きなシャツの袖からのぞく、細い腕。 少し力を入れたら簡単に折れてしまいそうなくらい、白くて華奢で。 ふと、自分と同い年の男だということを忘れてしまいそうになる。 「―――おまえ、最近ちゃんと食ってるか?」 問いかけには、返事も頷きも何もなかった。 それに対して、俺は聞こえないように小さくため息をついた。 「――――――――………凛。」 小さく、消えてしまいそうなくらい小さな声に、目を向ける。 寝転がったまま、顔にかかった黒髪の隙間から、負けないくらいの漆黒の瞳がこっちを見ていた。 どうした?と目で聞きながら、タバコに火を点けた。 「―――……凛は………柳のこと、きらいだった…?」 突然の言葉に、驚いた。 きっと周りから見たら何の変化もなかったのかもしれないけれど、内心では本当に、驚いていた。 今まで、桜が柳のことを口にしたことはなかった。 もちろん、俺も言わなかった。 だけどお互い、忘れてなんていなくて。 きっと、ずっと心のどこかでひっかかっていたんだと思う。 「………柳、のこと…きらいだったから、殺したの…?」 何も答えられないでいる俺に、桜が続けて尋ねる。 その瞳には何の感情もなく、ただただ闇が広がっていた。 「………嫌い、とかじゃねぇよ。仕事、だったからだろ。」 俺は、目を逸らして答えた。 そうだ、仕事だったから、殺したんだ。柳を。友達を。 友達か仕事か、俺は天秤にかけたんだ。 いや、きっと俺は、自分の命か柳の命かを、天秤にかけたんだ。 「―――柳は、笑ってた。最期、俺に殺されるとき。」 桜の方をどうしても見れなくて、俺は俯いた。 何も感じなくなっていたはずの胸が、まだ痛んだ。 「―――――ホント、最低だ。」 考えがいつの間にか言葉になって、口から漏れていた。 「―――――――………どうして、連れてきたの?」 その言葉に、顔を上げる。 いつの間にか起き上がっていた桜が、まっすぐにこっちを見ていた。 どうしてなんだろう。 目撃者は殺さなければいけなくて、ましてや仲間に入れるなんてそうあっていいことではないのに。 違う。 俺は最初から、桜の存在を知っていた。 柳の話からも、資料からも、いることを知っていた。 あの日俺は、4発しか弾を入れていかなかった。 柳、父親、母親、そして………。 「……桜、俺を恨んでるか?」 少し微笑みながら、問う。 俺を、殺したいか? と。 返事はなくて、少しだけ桜は俯いた。 「―――…柳は、いつも凛のはなしをしてた。」 軽く目を閉じて、桜が呟く。 「――すごくいいやつで、桜にも会わせてあげたい、って。」 そう言って、桜が目を開ける。 「――――――凛、は……殺して、ほしかったんでしょう…?」 まっすぐな瞳から、目が逸らせなかった。 あぁ、そうだ。 俺はきっと、桜に殺して欲しかったんだ。 自分で死ぬことすら選べないくらい弱くて、ちっぽけで。 俺はきっとあの日、死にに行ったんだ。 「――――………桜、俺を殺してくれるか?」 言って、微笑みかける。 灰皿の横から、黒い銃を取り上げる。 置きっぱなしだったタバコがいつの間にかなくなっていて。 短くなったソレが床に落ちて焦げていたのが見えた。 「一発だけ入ってる。…まぁ、外さねぇだろ?」 あの日からずっと、残っていた一発の弾。 何度こめかみに当てて引き金を引こうと思ったか知れない。 その度に思い出すのは、柳の笑顔だった。 重そうに両手で支える桜は、相変わらず何の感情も読み取れなかった。 「―――――……凛が、いっしょにいてくれるのは…殺してほしかった、から?」 「………そうなのかもしれないな。よく、わかんねぇんだ。最初は罪悪感からだったのかもしれないけど。」 言って、ふっと笑う。 「―――…凛、は……いっしょにいて、くるしかった…?」 真っ黒な瞳が、まっすぐに見据えてきて。 相変わらず何の表情もないのに、その瞳が泣き出しそうに見えて。 何も言えなくて、俺はただ黙って俯いた。 不意に、カチャっと金属音が聞こえて、顔を上げる。 目に飛び込んできたのは、長い黒髪に黒い塊を埋めた桜の姿だった。 「―――――さく、ら…?」 無表情のまま、桜はそのまま引き金に指をかける。 「―――――ッ!!!」 パン、と乾いた音が部屋に響いて。 瞬時に、俺は事態が理解できないでいた。 桜は、いつもと変わらずにソコに立っていた。 「―――空砲?なん、で…。」 呟く俺に、桜が銃を下ろす。 「―――……ぜんぶ、知ってた。凛が…ずっと、くるしんでたこと。」 いつも、死のうとしてたことも、みんな、知ってた。 小さな小さな呟きに、俺は前を向けなかった。 桜は、俺が思っていたよりもずっと大人で。 俺が思っていたよりもずっと、俺のことを理解していた。 「………ときどき、すごくさびしい目をしてた。」 気付かれているなんて、思っていなかった。 いつだって罪悪感とか自己嫌悪がまとわりついて。 衝動的に死にたくなって、何度も銃を手に取った。 だけどその度に、何もできなかった。 死んでしまったら、柳が何のために死んだのかわからない。 だけど俺はそうやって逃げていただけだったのかもしれない。 死なないことで、生きる理由を無理やり作っていただけなのかもしれない。 「………だから、入れかえておいた、の。凛が、死なない、ように。」 「…なんで?俺のこと、恨んでねぇの?」 その言葉に、桜はゆっくりと首を振った。 「――――――もう、ひとりに、しないで。」 そう言った桜の目から、ひとすじの涙が頬を伝った。 漆黒の瞳から流れる、透明な涙。 とてもキレイだなんて、どうでもいいことを思ってしまった。 触れたら壊れてしまいそうなくらい、儚くて。 だけど触れたくて、手を伸ばした。 白くて小さな頬を包んで、涙を拭う。 小さく目を細めた桜を引き寄せて、小さな細い体を包んだ。 きっとずっと、独りで抱えて苦しんでいたんだろう。 こんなに小さな体で、ずっと吐き出せずに。 「――――――――ごめん。桜、ごめん。…ごめんな。」 桜がそんな謝罪の言葉なんて求めていないのはわかっていた。 ただ、自分が言いたかっただけなんだ。 桜に、自分に、自分を許して欲しかっただけなんだ。 桜は何も言わずに、俺の服の端っこを掴んでいた。 ただぼんやりと、俺にとってこの存在だけが全てなんだろうと、思った。 ずーっと書きたくてなかなか気力がなかったんだけども。
ノリでカタカタ打ってみてしまった。 結果。……長い!想像以上に、長い!!(笑)…お疲れ様でした(汗) 久し振りな2人。相変わらず甘々ですネ。好きですネ(笑) 2人ともずーっと引きずってたわけですね。 ちなみに桜は凛のこと恨んでません。むしろよく懐いてます。 柳のことも仕方ないことだったんだとすでに悟りを開いてます。 珍しく桜がよく喋った回でした(笑) (2009/2/18) |